ハレとケ

 社会学?だったかな

勉強もしくは本読んだこと
ある方ならおそらく知っている
言葉だとは思うのだけど
  ハレ と ケ
て言葉がありますな
わたすが
先日 挙げたブログ記事の
日常と非日常
とほぼ同義 もしくは含んだ意味あいを
持ってます
簡単に言えば
 ハレ→祭り
 ケ→単調な毎日のあれこれ
いう解釈でよかったと思うのですが
私にとって病気する前の ケ とは
7時位に目を覚まし
顔洗って
飯食って
便所行って
歯を磨いて
8時には家をでて学校へ
8:30前には到着するので
遅刻はまず無い
9:00位に授業が始まり
15時?16時位に学校の授業が終わり
部活へ
18時から19時位に部活が終わり
家に帰って晩飯
テレビ見るなり
宿題済ますなりなんなりで
その後、風呂入って
寝るのが0時前後
それがほぼ毎日続くわけなので
これが「ケ」としての日常だったわけ
です
ところがです
病気して
学校休んだりし始めた頃から
この ケの習慣が壊れて行き
  『基準線を失って行く』
基準線を失うという事は
バランスを欠いた状態すな
そのままバランスを欠いた状態だと
なにを持って拠り所とするのか
常に迷ってしまう
  迷子
ですな まさに
とはいえ
今では
【必然的不安定性こそ生き物の証】
→メモ分岐
と思っているので動揺する事は
あまりないが
当時にはそんな考え方を持っているはず
もなく
社会人になると
その仕事によっては 朝昼逆転生活
の方もおるだろうし
イレギュラーな人付き合いで
毎日の基準線がわからなくなる
場合が少なからずあると思われます
私達の年代だと
ほぼ 義務教育時代の生活習慣が
日常のリズムの基準線だと思いますが
昨今はおそらくその基準線が
“普通”ではなくなってますよね
だから
「基準線を元に戻しましょ」
て 話しではなく
 
 
基準線は
   「自分自身で作りましょ」
が現代的には現実的なのでは?
ないかな と
朝昼晩にしっかり食べろ
という人もいれば
一日一食がベスト という人も
いるわけなので
 o0472047112972404951
ただし
  自分自身にしか当てはまらない
  基準線はむしろ自身の足枷になりうる
  であろうし
  個人的過ぎる基準線は
  周りの人間から見れば はた迷惑なだけ
といった事も留意しつつ
かな と
これは、
   生活のリズム
と いう意味で





↑ちなみに、上の記事投稿日時が2014/6/15になっとります。

10年以上前。。。。ってことは、アメブロ時代はもっと前ってことさね、こわ。


時の流れ、こわ。


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